//逃がすものかようやく手に入れた最愛を!












吹く風は冷たい。のに、照りつける太陽は暑い。
夏は終わり、次の季節がやってきてはいるのだけどそれがうまい具合にいっていないような日だった。

死んだ目をした大人が二人砂浜を歩いてく。そのうち一人は本当に死にそうだったりする。
夏は稼ぎ時だ。なんだかんだイベントが多いのだ。夏にじゃんじゃん働いてお金持ちとまではいかないが極貧の状態から抜けた、せめて明日の飯の心配をしないくらいには稼いでるはずだったのに。夏の始まりにプールの監視員のバイトの面接に落とされたのを皮切りにその後受けた面接をことぐごとく落とされた。気づけば夏は走り去って明日の飯の心配どころか俺の明日なんて見えない。
「長谷川さんどこまで行くんですかァ?銀さん疲れたんだけどォ」
後ろから気の抜けてしまうような声がする。
「銀さんついてこないでよ」
もう何度かやった質問のやり取り。一人で絶望に落ちてフラフラ海へ向かって歩いていたらいつの間にか銀さんが後をついてきた。・・・暇なんだろ。相手もしないでいたらそのうちどこかへ行くだろうと思っていたら結局海まで銀さんはついてきてしまった。

夏が終わった途端、あれだけ賑わっていた海は人っ子一人いなくなった。ぎらつく太陽は少しおとなしくなって空が高くなった。海岸に転がる蛍光色のボールがものさびしくて。向こうからふらふら歩いてくるワカメをくわえた野良犬に仲間意識を持ってすれ違った。
「お。おまえそれいいの持ってんじゃん。俺も持って帰るかな?ワカメ」
銀さんが犬に話しかけてる。でも俺はおかまいなしに足をすすめた。
ひざ下素足に当たる風が砂をふくんでいてちくちくした。おでこにはうっすら汗をかいた。
そもそもどうしてまたこんなにバイトの面接に落とされなきゃならないんだ。一回、二回落とされるなら分かるが、受けた面接が全滅って。俺にグラサンじゃ足らず全てを捨てろというのか。
海の潮風が目にしみる、わんわんわん、吼える元気もねぇよ。あれ?
突然、自分の意識が犬の鳴き声に引っ張られ自分の世界から現実に戻ってみれば銀さんと野良犬がワカメを取り合っていた。犬が懸命にワカメの端に齧りつき歯をむいている。犬の威嚇もなんのその。ワカメのもう一方の端には犬相手にしかも横取りだ、本気でワカメを奪おうとする大の大人が。
「銀さん・・・」
潮風関係なく本気で涙でそうよ。俺は犬側に加担し銀さんとのワカメ争奪戦に勝利した。
「走れペス!」
ワカメをくわえた犬にそう叫ぶと犬は分かったんだかそうでないんだか、とにかく走り出した。そのワカメを食べるつもりなのかそれは知らねぇけど、まぁよかったな。俺はワカメを引きずりながら走り去る犬を見送った。
「ちょっとォ。困るんだよね。今夜の坂田家の食卓どうすんですかァ?つか、あの犬ペス?知り合い?知り合いなの?」
どしん!と体当たりされ絡む銀さんに体を離しながら言う。
「犬がカワイソウじゃねぇか。ワカメくらいくれてやれよ」
「世の中は弱肉強食なんですーそこんとこ長谷川さん、アンタよく知ってんじゃないの?」
少し意地の悪い光を浮かべた銀さんの目線に俺は両手で顔を覆ってその場におよよと座り込んだ。

いつの間にか膝を抱えて小さくなってしゃがんでいた俺の隣に銀さんも座り込んでいた。
目の前には広がった海。夏に見たときよりも少し色濃い青に変わった。寄せては返す波。くり返しくり返し。
飽きもせず同じ風景。
知ってるよ。この世の中が弱肉強食だって。
地位やコネだ。ましてや金だ、つうか金だよね。
金かぁ。そうだ、死のう。

「じゃあな、銀さん、俺死ぬわ」
俺は立ち上がって銀さんに告げた。
「あんたまたそんなこと言ってんの?」
「止めないでくれよ。俺にはもうなにもないんだ。捨てるもんだって何もねぇ」
銀さんは深いため息をついた。ははは。そうして俺を嘲笑ってやってくれよ。
「長谷川さん。別にあんたを止めてはねえけど。・・・・・銀さんのことは捨ててかねぇでよ」
え?すでに海の遠くを見ていた自分の目をぐりっと銀さんに移した。くん、と引かれた上着の端に銀さんの手。
ええ?何だそれ。何だか、なぁ。どっちかってと銀さんが俺を捨てるんじゃないの?いや、今はそういうことではなくて。
軽く混乱して俺は少しだけ頬を熱くした。

俺の上着の端を持ったまま銀さんが勢いをつけて立ち上がる。
その反動で俺が前屈みによろけたところで軽く銀さんが鳩尾にストレートをきめた。
「ぐぇっほ!」
「もう絶望に浸るのはやめてコレ行かね?」
銀さんは言って手を傾けるしぐさをした。
「・・・銀さんがおごってくれんの?」
俺は鳩尾を擦って聞く。軽く言ってくれる。別に絶望に浸るのが趣味なんじゃねーぞ。
そう、俺の毎日はきっと絶望と隣り合わせのところに。
それでもこういう時の銀さんはなぜか堂々としてやがるので期待しちまう。
「いつものとこならツケで飲めんだろ。つーかあのワカメ取られちったし今日は長谷川さんのワカメ酒ってのも・・・」
「この大バカヤロー!」
全然だめじゃねえかバカヤロー。

吹く風は冷たい。のに、照りつける太陽は暑い。
ははは。いつになっても変わり映えしない俺たちを嘲笑ってやってくれよ。