//つきとめるのがこわいのかい












暑い日差しの下しゃがみこんで無償に土を掘り返していたのは覚えてる。そんなことが楽しくて、楽しくて。


帽子をちゃんと被らなきゃだめよ、熱射病になったら大変だから。そう何度も姉上に言われたけれど被らないでいた。蝉の鳴き声がいよいようるさくなってきた頃に自分の耳がおかしな音を拾う。
気のせい?立ち上がって辺りを見回した。誰かの、声。
後ろ頭に照りつけていた太陽のせいで立ち上がった拍子に少しだけ目が回った。両耳に手をかざす。蝉の鳴き声の間を縫ってその声をもう一度探した。幻聴のような。夏の日のなんでもない今日に少しだけ違和感を感じるような声だった。でもどこか外で一人遊びをする自分に誰かがこっそり教えてくれたいいことのような、遊びに誘ってくれる声のような、そんな気がしてその声を探した。
よく晴れて。たくさんの蝉の鳴き声がした。外にいるだけで燃やされてしまいそうなくらい、暑かった。

建物の奥にある部屋の庭に回りこんだ。廊下の日陰に半分入りこむ。履物も脱がずそっと足を廊下にかけた。
さっき自分が立っていた場所からこの場所までずいぶん離れている。この部屋の中の声がさっきいた場所まできこえるわけがないのだけれども、なぜかここへ来てしまった。耳を澄まして太陽から隠れるようにある部屋の向こうを凝視する。障子の向こうから泣き声のようなものが確かにきこえる。泣いているの?





局長近藤勲の部屋の前は沖田総悟の特等席だったりする。ふらっと部屋の前の縁側に座っているだけでいい。近藤さんが自分の部屋に帰ってきたなら笑いかけてくれる、彼が部屋の中へいたのなら自分を招き入れてくれる。

今日も暑かった。今年は猛暑だと言われる所以かもう何日も真夏日が続いている。黒くて重い見ただけで暑くなるような隊服の上着を脱ぎ捨てて、少しでも涼しくなる夕暮れ時まで休憩をいただきましょうかねェ。部屋の主が今日は外務でいないとわかっている。でもこの場所へ来た。額にアイマスクを準備してきたものの、アイマスクが当たっている額はすでに汗ばんでいる。寝るどころか気絶しちまうんじゃないか。腰をおとして自分の腕に頭をうずめると自分の腕も、額も湿っていた。

寝るには暑すぎた気温のせいか近くに来た気配のせいなのか。目が覚めても腕の中に頭をうずめたままでいた。自分はやっぱり眠ったのではなくて気絶したのではないか。目覚めた途端に気分が悪かった。背中を流れた汗が冷たく感じられて鳥肌をたてた。
「気分が悪いのか」
頭の上から声がする。
「そんなんじゃねぇですぜ土方さん」
ゆっくり頭を上げて土方を見たが気分の悪さから眩んだ目のせいであまり顔がよく見えなかった。
「このクソ暑い中とてもじゃねえが勤務なんかしてられねえんでさぼってんでさァ」
「・・・憎たらしいほど正直だな」
いやな顔をつくって口の端を歪ませたのだが土方はそんな挑発にはのってこなかった。額にも冷たい汗が伝って床が沈む感覚がした。情けねぇ、本当に気分が悪いのか。そういや喉がカラカラだ。
「総悟、顔色悪いぞ。こんなところに転がってないで自分の部屋で休め」
うるせえな。なんでこいつが目の前にいるんだ。
「土方さん、」





部屋の向こうの泣き声に慰めなきゃいけない。純粋に思って。
この声の主は自分が大好きな人だから。また泣き声が本当にかすかに響いた。
泣かないで。
「近藤さん?」
障子を開けて部屋の中を窺うと土方が近藤さんに覆いかぶさっていた。近藤さんの声は自分を呼んではくれたが蚊の泣くくらい頼りなかった。自分がもう一度近藤さんの名を呼ぶ前に近藤は自分の腕で顔を隠してしまった。愕然として近藤さんを下に敷いている土方に視線を移すと薄暗い部屋、無表情を浮かべていた。
「沖田先輩、あっちへ行っていろよ」
「死ね、土方」
それだけ言って部屋を離れた。あの部屋から出来るだけ早く遠く離れたくて駆け出した。さっきまで掘っていた穴がある場所へ戻ると一気に気分が悪くなって、吐いた。両耳を手で塞いで蝉の鳴き声ももうきこえない。
そんな近藤さん見たくない。ああ、汚れる。自分までもが。





「土方さん、兎が鳴かないのは何でか知ってやすか?」
「は?」
話の流れをぶった切って突飛のないことを喋りだした自分に土方は不可解な顔をした。そんな土方を気にせずたたんでいた足を伸ばして上半身を廊下に倒した。頭が重力に逆らわないで落ちる。ゴツ、と軽い音がした。
「おい?」
「兎が鳴かないのは言えない秘密を知っているから。だから兎の首をしめると死ぬ前に鳴き声がきけるかもしれねェ」
土方は目を細めただけで何も言わない。
人間はどうして秘密ごとが好きなんでしょうねェ、夜なら闇でわからない?
いつ赤い目玉が覗いているのかもわからないのに?
廊下の床が思ったより冷たかったので頭に気持ちいい。自分の声が床に伝って他人の声のように響いた。
「何が言いたい?」
「何も」
土方の問いにそれだけ返した。土方も余計なことは喋らなかった。肩に担いでいた隊服の上着を持ち替えたようだった。
「・・・気分が悪い。土方あっちへ行けよテメェ」
がさり、と何かを探る音がして次に小さな金属音。匂ってきた煙草の紫煙。
「暑さにやられてんだろ、気が済んだら勤務に戻れや」
それだけ言い残して土方の足音が遠ざかる。
大嫌いな匂いを残していきやがる。

斜めに見上げた夏の庭。遠くの木々の緑と空の境は歪んで見えた。暑さで世界がどろり溶けはじめた証だ。忌々しい季節が巡るたびに小さい頃見た記憶が鮮明になっていく。そして自分までもが汚されていく。
容赦ない。俺は今でも夏が大嫌いだ。